2021年 10月 07日
一回だけ学校に行きたくないと言った日
偏頭痛
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小学1年の3学期頃より、natsukiの偏頭痛が始まった。
小学1年の2月、3月夕方になると、2時間くらい頭が痛いと訴え寝込むことが多くなる。
その後は頻発することはなくなっていたので安心していたが、
小学2年の秋になりまた頻発することが多くなる。
学校から帰宅して友人たちと外で遊んで帰宅してから頭痛だったり、
学校の給食時間から頭痛がしていたが我慢し続けて帰宅してぐったりだったり。
土日の朝の頭痛(2時間くらいで治る)というのも出てきた。
元々、体が弱く、風邪も引きやすく発熱するとすぐに40度になってしまう体質だ。
アレルギーも持っている。
目に先天性疾患があり定期的に検査通院している。
頭痛が頻発するので心配になり原因を調べた。
脳のMRIは問題なし。
あとは目による頭痛、検査で通っている病院の先生にも相談すると脳に問題なしなら目の疾患からくるものだろうとのこと。
あとは精神的なものも多いとのこと。
偏頭痛は変わらず頻発し、頭痛の時間も長くなっていった。
始まると何もできず布団で寝て治るのを待つしかない。
痛みも増し、頭痛時間も最初は2、3時間で治っていたのが、半日、1日と長くなる日も出てきた(短時間で済む日もあったりとまちまちに)。
小学1年3学期から始まり、どんどんひどくなっていき、やっと高校3年くらいから頻度が少なくなっていったが卒業まで続いた。
大学入学してからは時々偏頭痛で寝込んでいるが、回数は減っている。
振り返ると一番多かったし酷かったのは小中高。
身体的成長期でもあり、また精神面でも成長期であったからか。
それとも個体的に持って生まれたものなのか。
幼稚園、小、中、高校と、学校生活や友人関係、部活の人間関係、担任の先生、顧問の先生など、愚痴や悪口?悩みなどnatsukiから一切聞いたことがない。
友人のことを褒めたり、部活動での先輩同期後輩の活躍はよく聞いた。
でも、自分が誰かを嫌い、苦手、(先生のことも)などの話は今まで聞いたことがない。
natsukiが天使のようないい子だと言いたいわけではない。
もちろん友人には言っていたりしたのかもしれないが、家では聞かなかったという話。
息子一人しか育てていないのでその辺りはわからない。
いま思うと、そういったネガティブな面を表現できなかった部分が偏頭痛(体調)に繋がっていたかもしれない(可能性として)。
そもそも言語表現が苦手だ。
偏頭痛は酷くなる一方だったが、学校は今まで風邪など発熱、疾病、起き上がれないほどの頭痛以外は休むことはなかった、ただ一回を除いて。
その1回とは小3の運動会1週間前の金曜日。
その金曜日の朝、普段通り学校の準備をしている時、突然「学校行きたくない」と言った。
びっくりした私は「何かあった?」と聞いても「何もないけど、行かない」と。
理由を聞いても全く言わず、何を言っても頑なに行きたがらなかった。
頭が痛いわけでもない。
Natsukiのそんな言動は初めてで、とにかくどう対応するのがベストなのか頭がぐるぐるだった。
理由を聞いても答えてくれないのにも参った。
こんなことを初めて言ったからには相当な勇気が必要だっただろう、だったら理由なんか言わなくても休ませようか。
理由は特になくずる休みしたい時だってあるだろう。
でも態度から理由はありそうだ。
無理やり連れて行く事はよくないだろう。
でももしこのまま行かなくなってしまったらどうしよう。
どれも答えが出なかった。
結局、朝、学校に連絡を入れて、この状態のことをそのまま伝えてどうしたらいいか相談した。
そうしたら、「無理やりではなく、もし学校まで来れるのだったらお母さんとゆっくり来て、教室が嫌だったら保健室に遊びに来てみて。もし無理だったらお休みしましょう」と言われた。
それをnatsukiに伝えても、「行かない」だった。
判断に迷いに迷って、学校までまずはお散歩がてら行ってみようと何とか説得した。
校門まではゆっくりと二人で歩いて行った(もう授業は始まっている頃、通学路に子どもは誰もいない)。
校門前までくると、natsukiの足がピタッと止まった。
そこから動かない=動けない?natsuki。
その光景は今だに忘れられない。
時間をかけてnatsukiとゆっくりその場で話をしたがダメそうだった。
このまま帰ろうか迷った。
学校に朝連絡を入れた際、とても優しい声の保健室の先生(それまで会ったことがなかった)だったので、
「ここまで来れたよ」というのを伝えてみようと話すと、「それだけならいいよ」とやっと言ってくれた。
動かなかった校門前から一歩踏み出してくれた。
敷地内に入り学校のインターホンで話をしたところ、すぐに保健室の先生が昇降口前まで出迎えてくれるという。
Natsukiにそのことを話し昇降口の手前まで歩いて行った。
優しい微笑みを浮かべながら走ってきてくれた。
初めて会う保健室の先生のたたずまいは優しさに満ち溢れている人だった。
「よく来れたね。すごいね。せっかくここまで来れたから、教室が嫌だったら、保健室行かないかな?」と明るい声で話しかけてくれた。
natsukiは首を振った。
「そっか、今日はお母さんとこれで帰るのがいいかな」
「お母さん大丈夫ですよ」
「また来週ね。待ってるよ」
私にとって朝からどう対処したらいいのか不安がはちきれんばかりで学校まで来て、保健室の先生が駆け寄ってきてくれて、たったこの会話だけだったのに、すごくほっとして涙が出そうだった。
私が先生に助けてもらった。
この一瞬の出来事で、不安だらけだった親を落ち着かせてもらえた。
そしてnatsukiと家に帰った。
本当によく覚えている。
帰り道は私は先生と会えてほんわかした気持ちをもらい、何故だかこれで大丈夫みたいな気持ちになれた。
行きと全く違った心持ちだった。
きっとnatsukiにも雰囲気で感じたのかもしれない。
更にゆっくりと帰っている途中、
natsukiがひとことだけ話してくれた。
「隣の女の子が嫌のことを言うんだ」と、このひとことだけ。
どんな言葉?とか、どんな感じ?とか、名前は?といろいろ聞いても、それ以上このことについては全く何も一言も話してくれなかった。
嫌なことはどれくらい言われ続けているのか、それとも「ひとこと」だけ言われただけなのか、集団なのか、一人なのか。
全くわからない。
それでも声に出して言ってくれたことが嬉しかった。
帰宅後は覚えていないが明るく家で遊んでいたのだと思う。
そして週明けの月曜日、私の頭は学校に行きたがらなかったらどうしようとそればかりだった。
それでも何事もなかったかのように普通な態度で朝の準備をしていると、
natsukiも何事もなかったかのように(みえる)学校に行った。
その1日だけだった。
あとで担任の先生と話した時、「トラブルなど聞いていないし、普通ですよ。楽しそうですよ」だった。
担任の先生にはnatsukiが言っていたことの半分「女の子から嫌のことを言われたらしい」というのが理由だったみたいです、とだけ話した。
「隣の」という言葉は省略した。
隣の席の子は誰ですかとも聞かなかった。
もし今後またnatsukiに変化があったときは、誰から何を言われたのか、もしくはnatsukiも女の子に嫌なことをしているかもしれない、トラブルかもしれない、など、解決方法を探すために原因特定すればいいと思った。
保健室の先生にもご挨拶したが「大丈夫そうで安心しました。今後も気をつけて見守りますね」だった。
そしてちょうど1週間後運動会があったので、様子を見ることができたが、楽しそうにしていた(そうみえた)ので少しほっとした。
たった1日のことだったけど、あの日のことは忘れられない。
あの表情、校門の前で足が前に進まない、昇降口の中に絶対に入らない。
その体や表情の硬直具合は、それ以上進んだら命の危険があるような動物的な何か、のように感じた。
言葉で表現できないnatsukiだから余計にそう感じたのかもしれない。
この1日の私の判断(学校まで行ったこと)はnatsukiにとって間違っていたかもしれない。
どんな原因だったかもわからない。
たった1日のことを鮮明に覚えている(いろんなことを忘れてしまう私なのに)のは、
natsukiの性格からこの出来事は、その前もこの後も同じようなことが起こらないほど、異様だったからだ。
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by akisaku1231
| 2021-10-07 11:39
| 息子(小学校)