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悪口ばかりの母



母はよく私に言った。
「悪口や噂話は、人には絶対言っちゃダメよ」
「それはよくないことだからね」
口癖だった。

「ママはね、akiraにだけは本当のことを言えるの」
「akiraにしか愚痴(悪口)を言える人はいないの」
「ママはね、他人(akira以外)には一切悪口を言ったことはないわ(これは大嘘だった)」

これも私への口癖だった。

母は他人の良いところは私に言わず、自分のストレス発散か悪口や愚痴ばかり私に話したものだ。
私が誰にも話さないことを知っていたから、安心して人の悪口を散々言ったのだろう。
そして馬鹿な私がまさかよく覚えているとは思ってもいないし、聞き流しているものだろうと思っていたと思う。

自分が大人になってから「こんなこと言ってたよね」と母が言っていた悪口を話すと、
「変なことばかり覚えているのね。やだわー。」
「そんなこと覚えているなんて嫌な子ね。」
「まさかママが悪口なんて言わないの知ってるでしょ」
「そんなこと言うはずないじゃない」
などと、苦笑いでごまかしたり、逆ギレするのが常だ。

母にとってはただのストレス発散だったことがわかる。
自分が大人になり母のことがわかるようになってきてようやく母の話すことは妄想、誇大表現、被害妄想などからくる嘘なのか本当なのかわからないものだったとわかる。
私は母が悪口を言っていた様々なターゲットについて、その人の全てだと信じてしまっていた。
幼稚で判断もできず飲み込んでいたのは自分であり、母だけのせいだけではない。

母は自分の身近に必ず悪者ターゲットを必要としていた(いる)。

母の兄弟は付き合いが深かった。
小さい頃は親戚旅行に何度も行き、正月盆暮れ祖母の実家で全員集合だった。
母はニコニコ誰とでも楽しそうにしていた。
そこでも母は全員の中でいつも中心で、一番強く女帝のように振る舞っていた。

母の兄弟たちは(母も含め)お酒をよく飲むし、多趣味だった。
飲みながら、花札、トランプ、ハーモニカやギター(上手)をしたり歌ったり。
スポーツも陸上、サーフィン(その頃珍しかったかな)スキーなど、自分は子どもだったが話を聞いていて面白くすごい叔父たちだと思っていた。

父も当然その中に居させられるのだが、お酒も飲めずいつもおとなしく座っているだけだった。
たまに話を振られても愛想笑いくらいだった。
祖母や母の兄弟に「○○さん(父)は本当に穏やかでいい人だなあ」と声をかけるのは毎回だった。
他に何も話す内容(無趣味、無口)がないからだ。
そうすると母が「そうでしょ。いい旦那なのよ〜。」とにっこりと笑ってみんなにアピールする。
うちの家族、円満アピールだ。
母は外では父のことをそうやって褒めるのだった。

私はそういうとき、訳がわからないままだった。
家で父にひどい態度悪口を言いまくりの母と、外でのいい旦那アピール。
どういうことなんだろうと不思議だった(それ以上考えたりする知能はなかった)。

そういう場から帰ると母の態度は一転する。
すぐに親戚の悪口やグチを細かく(記憶があり始める小学生の頃から)全てをあけすけに私に話した。
母の悪口は、自分の母(祖母)自分の兄弟妹、その伴侶、その子ども(私の従兄弟たち)の全員に対してだった。
親戚(おじ、おば、祖母、いとこ)全てマイナスイメージを私に植え付けた。

自分では他人の行動言動を見てもよくわからなかったし、全て鵜呑みにした。
無頓着で精神年齢も低いことからからなのか、醜い性格からきているのか両方なのか。

母が私に言い聞かせていた祖母叔父叔母の悪口三昧はひどかった。
今振り返ると叔父叔母は私によくしてくれていたと思う。
だけど私は懐けなかった。
叔父叔母が笑顔で話しかけてきても、母が私に言い聞かせてきた悪口により、
この人たちの心の中では一体どう思っているのか疑心暗鬼と裏側(母から聞かされた)を思うと怖かった。

妹はどこでも誰にでも天真爛漫で愛された。



続く




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by akisaku1231 | 2019-01-16 19:53 | 私の生育、環境
母(強烈な性格?)の娘である私akira(おそらくadd)との関係 そして一人息子natsuki(add)との関係についてのブログ